ネパール大地震義援金贈呈訪問団
日 程 2015年12月12日(土)~12月22日(火)
参加者 山岸 正 (日本-ネパール親善協会 会長)
写真左:タイ国際空港で、左から金子、山岸、
写真左:トリブバン空港で、左から、金子、ポーデル、山岸、アムリット ダカル
写真左:右より5人目が国会議員デブ ヤブタ氏その左が山岸会長、
写真左:木戸と万知子氏。背後の写真はレストラン経営者のネパール地震ボ ランテイア活動の記録写真
写真上:シンドパルチョークの難民キャンプ(在7カトマンズ)入口前で、粗末なテントが並ぶキャンプ内
写真左:在ネパール大使館前で、右から大山一等書記官山岸会長、金子副会長
写真上:右から二人目がオーナーのB.P.Shrestha氏 微かにヒマラヤ山脈の一部が背景に見えるレストランで
写真上:地震被害の痕跡を残したままの王宮及び関連建造物
写真左:右から二人目がヒマラヤン タイガー
写真左: 孤児院のメンバーと、右より3人目の老婆が孤児院を守る母
写真上:パタンの王宮
写真上:パタン王宮裏の街の風景 マハルジャン兄弟の店の前で、両端が
12月20日(日)
午後からは山岸氏と金子氏は、昨日の約束通りプリスビー シュレスタさんがタメルホテルまで迎えに来て彼のホテル「風のブルバール」へ連れて行ってもらい、そこで商工部会理事の高田氏と意見交換した。商工部会の活動については、現在あまり活発な動きはしてないそうだ。やはりネパールの政治・社会状況や国民性の壁にぶち当たっているようだ。つまり、日本的提案をしても、政治のトップが変わったり、国民の考えの中に一貫性や持続性が極めて弱いので、或いは移り気が多いことなどで、長期的ビジョンの実行等は難しいようだ。
また、われわれの目指す「ネパール経営塾」に関する金子氏の説明についても、高田氏は自分の経験からして実現は難しく、悲観的な感想のようだった。
山岸、金子はネパール風夕食を同レストランでご馳走になり、シュレスタさんの車でホテルまで送ってもらった。
写真上:シュレスタ氏のレストランで話し合う、右から高田氏、シュレスタ氏、山岸、金子。 写真上:シュレスタ氏のホテル玄関